
菊池 流帆さん
岩手県釜石市出身。青森山田高校、大阪体育大学を経てプロ入り。レノファ山口FC、ヴィッセル神戸を経て、現在はFC町田ゼルビアに所属するディフェンダー。188cmの高さを生かした空中戦の強さと粘り強い守備を武器に、センターバックとして活躍している。東日本大震災を経験した原点を持ち、ピッチ内外でサッカーの持つ力や価値を発信している。
NPO法人チャリティーサンタは、子どもや家庭問題における思い出格差の課題解決に取り組んでいます。その中のプロジェクト『シェアケーキ』は、誕生日にケーキを買うことができない(お誕生日のお祝いが難しい)家庭の子どもたちへ、寄付によって誕生日ケーキを贈る活動をしています。
この活動を広めるために、村上信五さんがプロジェクトリーダーとなりスタートした『ケーキのWA』は、世の中には見えづらいこの社会課題に対して、著名人の方々と協力して、幅広い方々に関心を持っていただくことを目的の1つにおいています。
今回はプロサッカー選手の菊池流帆選手にインタビューをさせていただきました。
菊池流帆とケーキのWA ~「認められたい」と悩んだ僕だからこそ届けたい、特別な誕生日~
今回、「ケーキのWA」に賛同してくださってありがとうございます。まずはプロジェクトに賛同してくださったきっかけや想いをお聞きできたらと思います。
菊池選手: どこかの子どもたちの幸せに貢献できるなら、シンプルに嬉しいと思ったからです。僕が直接そのご家庭を知らなくても、困難な中にいる子どもたちが誕生日という特別な日を迎えるときに、温かい気持ちを一緒にシェアしたい。そういう想いでケーキのWAに賛同しました。
■ 「期待に応えたい」悩んだ僕が、知った父親の想い
私たちチャリティーサンタは、誕生日ケーキだけでなく、クリスマスや新入学のプレゼントなど、特別な思い出を贈ることを大切にしています。菊池選手は子どものときに印象に残っているお祝いの思い出はありますか。
菊池選手: 誕生日もですが、実はクリスマスの思い出が強く印象に残っているんです。誕生日が12月9日なのでクリスマスに近いんです。サンタさんへ手紙を書いて、クリスマスの朝にツリーの下にプレゼントがあって、ゲーム機やスパイクなどサッカー関係のものをお願いすることが多かったです。
僕は12歳で妹が生まれるまで一人っ子だったので、両親が常にサッカー中心で応援してくれていたことは、いちばんの思い出でもあります。
サッカーに集中できるように応援してくださったご両親のこと、大人になった今、どう思いますか?
父親はサッカーが上手くなるためにものすごく厳しかったです。毎回ビデオで撮って、良いプレーをしたら褒めてくれたりご褒美を買ってくれて、悪いプレーだとずっと怒られて、言葉を選ばすに言えば『飴(アメ)と鞭(ムチ)』の子育てだったので、子どもながらにいつもプレッシャーを感じていました。
親にかけられた期待は少し大きすぎましたけど、今、父親も子どものためにと必死だったんだなと理解できる部分もあります。今では、父親に「厳しかったよね」と言っています笑
「親の期待に応えようとプレッシャーを感じている」という子どもは、一定数いますよね。良いこともあれば、悩みへつながることもある。菊池選手はどうでしたか?
菊池選手: これまで応援してくれている家族に『プロになって恩返ししたい』、両親に『認めてほしい』という気持ちでサッカーに取り組んできました。でも、それって結局は表裏一体で『親に認められたい』というのは、『親の期待に沿うような人間にならなきゃいけない』として、生きてきた部分があったんだと思います。
そうやって生きていくと、父親だけじゃなく、ファンやサポーターなど、全ての人に認められたいと思ってしまう。いつの間にか『自分が期待に応えられる者でなければ存在価値がない』と思い込んで生きてきてしまいました。その結果、期待に応えられていない有りのままの自分を受け入れられず、自分のことがずっと嫌いだったんです。
それは、とても辛かったんじゃないですか。
『他人のために』とか『他人の評価』をすごく気にするようになって。人のために生きている、だから、満たされないんですよね。結局プロサッカー選手になっても、満たされない自分がずっといて。
それで、本当に最近、心理面で自分の過去に向き合う機会をつくったんです。それでわかったのは、自分は真面目な人間なので、常識とか親や世間が言う正解とかに、ずっと縛られてきた。でも、その「苦しみとか悩みって、結局自分が作り出して、生きてきたんだ」ということでした。
これがわかってから、「有りのままの自分を受け入れ、自分が自分を認める」ことが出来るようになって、すごく生きやすくなったと感じていますし、今は、「自分のために生きている」実感があります。
他にも考え方に変化を感じることはありますか。
菊池選手: ありますね。これまで「楽しい」とか「幸せ」であることが人生で大切だと思っていたのですが、今は「楽しい、幸せであることだけが正義ではない」と思うようになりました。
無理して「幸せだよな」とか言う必要もなく、苦しいこととか悲しいこととかがあっても、なんか幸せだなって思えるようになってきたというか。今は、肩の力が抜けて、シンプルに考えられるようになりました。

■ あの日もらった勇気を胸に、子どもたちへ届けたい特別な1日
子どもの時に、ご家族以外からの思いやりやプレゼントなどの思い出はありますか。
菊池選手: カズさん(三浦知良さん)との出会いです。岩手県釜石市出身なのですが、中学生の時に東日本大震災で被災しました。当時は停電もしていましたし、街全体が苦しくて、サッカーを続ける選択肢自体がなく、ボールに触る時間すらありませんでした。
震災から1か月ほど経った頃、当時、横浜FCに在籍していたカズさんが来てくれたんです。その時は、サッカーの技術以上に、人としての「存在」に惹かれていました。サッカーをやっている僕たちだけでなく、街全体の人が「テレビの中のスターが来る」と活気づくような雰囲気でしたね。
その場にいるだけで、勇気や希望をもらえました。自分もそういう存在になれたらいいなと、子どもながらに思いましたね。
あこがれの選手との出会いが、目標となって今につながっているのですね。同じように目標に向かって頑張っている子どもたちに伝えたいことはありますか。
菊池選手: あの日のカズさんのようにプロ選手として、子どもたちに勇気を与える存在でありたいと思います。ただ僕に憧れてほしい、僕のようになってほしいとは、実はあまり思っていません。僕を目標にする必要も別にないと思うんです。人間にはそれぞれの個性があって、自分の人生を歩んでいけば良いわけですから。子どもたちには自分なりの正解をつくっていってほしいです。
最後に、誕生日を迎える子どもやご家族にメッセージをお願いします。
菊池選手: 自分の生まれた日にケーキが届いて幸せになる気持ちというのは、かけがえのないものです。365日あるうちの1日が、素晴らしいものになることを願っています。
事務局より:ケーキが届ける、存在そのものへの「祝福」
菊池選手が幼少期に抱えていた「認められなければ価値がない」という張り詰めた心の葛藤。実は、私たちが日々向き合っている困難な状況にある子どもたちも、同じように目に見えない痛みを抱えています。
厳しい暮らしの中で日々の我慢を重ね、周囲と自分を比較しては寂しさを募らせる。
「自分は親に大切にされていないのではないか」と、幼い心で孤独を受け止めている子も少なくありません。
そのような子どもにとって、年に一度の特別な日に届く丸いケーキは、誕生日ケーキ以上の意味を持ちます。「あなたが生まれてきてくれて、私たちは本当に嬉しい」という、社会からの温かいメッセージだからです。
